国土強靱化は「造る」から「守る」へ──年次計画2026にみる予防保全とインフラ維持管理の行方
▶ この記事の要点(3行まとめ)
- 政府は2026年7月3日、第24回国土強靱化推進本部で「国土強靱化年次計画2026」を決定。今年度は昨年6月に策定された「第1次国土強靱化実施中期計画」(5年間・事業規模おおむね20兆円強程度)の初年度にあたり、約4.1兆円(うち国費約1.9兆円)が確保された。
- 前身の「5か年加速化対策」は事業規模約15.6兆円で完了。うち約2.6兆円が「予防保全型インフラメンテナンスへの転換に向けた老朽化対策」に投じられ、KPIベースでは161施策の約7割が達成・おおむね達成となった。
- 2026年度の主要施策には「上下水道施設の戦略的維持管理・更新」「道路施設の老朽化対策」「デジタル等新技術の活用」が並ぶ。国のインフラ予算の重心が「新設」から「点検・保全・更新」へ移りつつあり、メンテナンスの現場に直結する内容となっている。
「国土強靱化」と聞くと、堤防やダムを新しく造る大型公共事業を思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし2026年の国土強靱化は、むしろ「いまあるインフラをどう守り、使い続けるか」──つまり点検・保全・更新に大きく踏み込んでいる。7月3日に決定された「国土強靱化年次計画2026」は、その方向性を予算規模とともに示した文書だ。国の予算がどの分野に流れるかは、来期以降の点検・保全需要がどこで生まれるかとほぼ同義である。本記事では、設備・インフラのメンテナンスに関わる担当者の目線で、年次計画2026の要点を整理する。
01
まず用語を整理する──国土強靱化・実施中期計画・年次計画
国土強靱化とは、大規模な自然災害が起きても人命を守り、経済社会への被害が致命的にならず、迅速に回復できる「強くてしなやかな」国土・経済社会システムを平時から作り上げておく取組のことである。2013年施行の国土強靱化基本法に基づき、内閣官房が司令塔となって府省庁横断で進められている。
ポイントは、国土強靱化が「災害が起きてから直す」事後対応ではなく、「起きる前に備える」事前防災の考え方に立っていることだ。年次計画2026では、この「事前防災投資」の考え方を国際標準化していく方針まで打ち出されている。
| キーワード | 概要 |
|---|---|
| 国土強靱化 | 大規模自然災害に対して「強くてしなやかな」国土・経済社会を平時から構築する取組。国家のリスクマネジメント・産業競争力強化・安全安心な生活づくりを推進する。 |
| 第1次国土強靱化実施中期計画 | 2025年(令和7年)6月6日に閣議決定された、令和8~12年度の5年間を対象とする中期計画。「5か年加速化対策」の後継にあたる。計画期間内に実施すべき施策は全326施策、うち「推進が特に必要となる施策」は114施策(234指標)で、その事業規模の目途はおおむね20兆円強程度。 |
| 国土強靱化年次計画2026 | 実施中期計画の初年度(令和8年度)に取り組む施策を具体化した年間計画。2026年7月3日、第24回国土強靱化推進本部で決定。405施策・883指標でPDCAを回す。 |
| 事前防災 | 災害が発生する前に投資して被害を防止・最小化する考え方。復旧費用より事前対策の方が安くつくという発想が根底にある。 |
| 予防保全型インフラメンテナンス | 不具合が起きてから直す「事後保全」ではなく、劣化が深刻化する前に点検・修繕する保全方式。5か年加速化対策の3本柱の一つ「老朽化対策」の中心概念。 |
02
年次計画2026の中身──初年度は約4.1兆円
年次計画2026が掲げる政策の展開方向は次の5つである。
- 防災インフラの整備
- ライフラインの強靱化
- デジタル等新技術の活用
- 官民連携強化
- 地域防災力の強化
実施中期計画の初年度(令和8年度)分としては、約4.1兆円(うち国費約1.9兆円)が確保された。内訳は「国民の生命と財産を守る防災インフラの整備」約1.1兆円、「経済発展の基盤となる交通・通信・エネルギーなどのライフラインの強靱化」約2.0兆円、「デジタル等新技術の活用による国土強靱化施策の高度化」約0.1兆円、「災害時における事業継続性確保を始めとした官民連携強化」約0.4兆円、「地域における防災力の一層の強化」約0.4兆円である。
メンテナンス担当者として注目したいのは、令和8年度の主要施策に並ぶ次のような項目だ。
- 上下水道施設の耐災害性強化、上下水道施設の戦略的維持管理・更新(国交省)
- 道路橋梁等の耐震機能強化、道路施設の老朽化対策、緊急輸送道路の無電柱化(国交省)
- 鉄道施設の耐震対策・浸水対策(国交省)
- 送電網の整備・強化(経産省)、データセンター・海底ケーブル等の地方分散(総務省)
- 農業水利施設等の機能診断を踏まえた保全対策(農水省)
- 中小企業・小規模事業者の事前の防災・減災対策(経産省)
「新しく造る」項目よりも、「いまあるものを診断し、守り、更新する」項目が目立つ。また、施策間連携の目玉として、複数分野の施設をまとめて維持管理する国交省の「地域インフラ群再生戦略マネジメント」や道路と上下水道の連携、平時と災害時の垣根をなくす「フェーズフリー」の取組も明記された。
土台となる実施中期計画には、具体的な数値目標も設定されている。メンテナンス分野で特に大きいのは次の2つだ。
- 道路施設の老朽化対策:国・地方公共団体が管理する道路のうち、緊急または早期に対策を講ずべき橋梁約92,000橋(令和5年度末時点)の修繕措置率を、55%【令和5年度】から80%【令和12年度】へ引き上げる(最終目標100%【令和33年度】)
- 上下水道施設の戦略的維持管理・更新:損傷リスクが高く事故時の社会的影響が大きい大口径下水道管路(口径2m以上かつ30年以上経過、「下水道管路の全国特別重点調査」の対象約5,000km)の健全性確保率を、0%【令和6年度】から令和12年度までに100%にする
下水道の点検義務化と維持管理DXの詳細は、解説記事「なぜ下水道は『見つけても直せない』のか」も参照されたい。
さらに実施中期計画の「基本的な考え方」には、埼玉県八潮市の道路陥没事故を踏まえたインフラ老朽化対策の推進が明記されており、下水道に端を発した老朽インフラ問題が、国土強靱化全体の課題として位置付けられたことが分かる。人手不足への対応としても、建設現場の省人化対策(盛土・掘削など7工種で自動施工機械の技術基準を令和12年度までに整備・適用)や「革新的技術による自動化・遠隔操作化・省人化」が計画に組み込まれている。
03
5か年加速化対策の「成績表」──老朽化対策に約2.6兆円
年次計画2026には、令和7年度で完了した「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」の最終実績も掲載されている。いわば5年間の「成績表」だ。
5か年加速化対策の実施結果(事業費ベース)
| 区分 | 目途(閣議決定時) | 実績(令和7年度時点) |
|---|---|---|
| 激甚化する風水害や切迫する大規模地震等への対策 | おおむね12.3兆円程度 | 約12.7兆円(うち国費約6.1兆円) |
| 予防保全型インフラメンテナンスへの転換に向けた老朽化対策 | おおむね2.7兆円程度 | 約2.6兆円(うち国費約1.6兆円) |
| デジタル化等の推進 | おおむね0.2兆円程度 | 約0.3兆円(うち国費約0.3兆円) |
| 合計 | おおむね15兆円程度 | 約15.6兆円(うち国費約8.0兆円) |
KPI(重要業績評価指標)ベースの達成状況は、161施策のうち約6割が「達成済み(見込み)」、「おおむね達成」を含めれば約7割。KPI達成率50%以上の施策まで含めると全体の8割超となる。一方で「達成困難」の理由として挙げられたのは、当初想定と現地状況の違いに加え、資機材確保の困難性や施工業者確保の遅延──つまり建設・保全業界の人手不足そのものである。国が予算を付けても、実行する現場の担い手が足りないという構造は、年次計画2026でも「防災・減災、国土強靱化を担う建設業の担い手確保等に関する対策」として引き続き課題に位置付けられている。
なお、7月6日には全123対策について実施内容と災害時の効果をまとめた「5か年加速化対策による成果事例集」(令和8年7月)も公開された。都道府県別・施策分野別の絞り込みやフリーワード検索(「AI」「線状降水帯」など)に対応しており、自分の地域・分野でどんな対策が行われたかを具体的に確認できる。事例集の構成は、風水害・大規模地震対策(78対策)、老朽化対策(21対策)、デジタル化推進(24対策)となっている。
04
民間はどう動いているか──点検・診断・AIの最前線
国の予算の流れに呼応するように、民間でもインフラ維持管理×新技術の動きが相次いでいる。直近2か月の発表から4例を挙げる。
国交省の新技術情報提供システム(NETIS)に6月18日登録(登録番号QS-260003-A)。2種類の電極を牽引して地表から深度10m程度までの比抵抗値を測定し、基盤漏水が発生しやすい地盤構造を電極打設なしで効率的に把握する。堤防のように延長が長く場所ごとに地盤構造が異なるインフラの「弱部の効率的な把握」を狙う。
街路灯やカーブミラーなど道路小規模附属物の劣化リスク管理を支援する自治体向けインフラ管理DXサービス。スマートフォンで撮影した写真をAIが解析して錆や穴などの劣化状況を診断し、地図上で一元管理する。紙ベース業務との比較で作業時間を最大3分の1に削減(同社推定)。2030年までに約100件の導入を目指す。
防災・国土強靭化に特化した生成AIプラットフォーム。気象・地震・インフラ・避難など7領域の「参謀」がナレッジを統合し、点検記録・劣化情報・修繕優先順位の管理やベテラン職員の防災ノウハウの継承を支援する。
内閣官房・国交省の担当官や大学研究者が登壇し、人口減少と自治体職員の減少が進む中でのインフラ維持管理のAI活用(AX)を議論。「老朽化するインフラは増え、管理する職員は減り続ける」という構造課題への対応が、官民共通のテーマになっていることを示す動きだ。
- 成果事例集で自分の地域・分野を検索する:内閣官房の「5か年加速化対策による成果事例集」は都道府県・分野・フリーワードで検索できる。自社設備や自地域に関わる対策の実施状況を一次情報で確認できる
- 自治体の「国土強靱化地域計画」を確認する:年次計画2026では、地域計画に明記された取組へ交付金・補助金を重点化する方針が示された。自社や取引先の事業が地域計画に位置付けられているかどうかが、今後の予算獲得に影響し得る
- 中小企業向けの事前防災施策をチェックする:令和8年度主要施策には経産省の「中小企業・小規模事業者の事前の防災・減災対策」が含まれる。自社工場・設備のBCP・耐災害性投資に使える支援策が出てくる可能性がある
- 点検・診断技術のNETIS登録動向を追う:予防保全型メンテナンスへの転換は「診断技術の需要増」を意味する。NETISの新規登録は、現場に導入できる新技術のカタログとして定期的に確認したい
よくある質問(FAQ)
Q. 国土強靱化年次計画2026はいつ、どこで決定されたのか?
A. 2026年(令和8年)7月3日、政府の第24回国土強靱化推進本部(持ち回り開催)で決定された。実施中期計画の初年度にあたる令和8年度に取り組む施策を、405施策・883指標のレベルまで具体化した年間計画である。
Q. 「実施中期計画」と「5か年加速化対策」はどう違うのか?
A. どちらも国土強靱化の複数年計画だが、「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」は令和7年度までの5年間で完了した前計画(事業規模実績約15.6兆円)。「第1次国土強靱化実施中期計画」は2025年(令和7年)6月6日に閣議決定された令和8~12年度の後継計画で、「推進が特に必要となる施策」114施策の事業規模の目途はおおむね20兆円強程度。橋梁修繕や大口径下水道管路の健全性確保など、施策ごとに数値目標(234指標)が設定されている。
Q. 民間企業の設備管理・工場保全にも関係があるのか?
A. ある。令和8年度主要施策には中小企業・小規模事業者の事前防災・減災対策(経産省)や、金融機関によるBCP策定・実効性検証が含まれ、民間の事業継続力強化は国土強靱化の柱の一つ(官民連携強化に初年度約0.4兆円)。また上下水道・道路・電力等のインフラ強靱化は、工場・施設の操業継続の前提条件でもある。
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